Akiko Oki

大木 亜希子
1989年8月18日生まれ 

ライター/タレント。日本テレビ系ドラマ『野ブタ。をプロデュース』で女優デビュー。
数々のドラマ・映画に出演後、2010年、秋元康氏プロデュースSDN48として活動。

その後、タレント活動と並行しライター業を開始。
2015年、しらべぇ編集部に入社。PR記事作成(企画・執筆)を担当する。

2018年、フリーランスライターとして独立。

Akiko Oki

元アイドルという呪縛を感じながら、その呪縛を成仏させるために、かつて同じ世界にいた同士をインタビューした本を出版するという手段をとった大木亜希子さん。

「この本には人生の生きづらさが詰まっています」と言い切るそのまなざしからは強く、だけどどこか優しく柔らかい光を放っていた。

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元アイドルという呪縛を感じながら、その呪縛を成仏させるために、かつて同じ世界にいた同士をインタビューした本を出版するという手段をとった大木亜希子さん。

「この本には人生の生きづらさが詰まっています」と言い切るそのまなざしからは強く、だけどどこか優しく柔らかい光を放っていた。

大木 亜希子

1989年8月18日生まれ 

ライター/タレント。日本テレビ系ドラマ『野ブタ。をプロデュース』で女優デビュー。

数々のドラマ・映画に出演後、2010年、秋元康氏プロデュースSDN48として活動。

その後、タレント活動と並行しライター業を開始。2015年、しらべぇ編集部に入社。PR記事作成(企画・執筆)を担当する。

2018年、フリーランスライターとして独立。

よろしくお願いします。
まずは自己紹介的なものからいいですか?

私は15歳から芸能活動を初めて20歳まで大手芸能事務所で女優をしていたんですね。19の時に実力が追いつかなくて芸能界を辞めようと思っていたんですけど、20歳からのアイドルグループがあると聞いて・・・。

正直アイドルの世界はあまり知らなかったのですけど、20歳から入れるってどういうことだろうと思いましたし、何よりも芸能界自体にまだ未練があったので、もう一度挑戦してみようと思ってSDN48に入りました

そこで2年半、いわゆるAKBブームが今まさに到来! という時に現場で色々な経験をさせていただきました。卒業後、また地下アイドルになったり、夜は業界のお食事会に顔を出したり、混沌とカオスな時間が続いて、そのうち不安になって・・・。

名刺の渡し方も知らずに死んでいくのかと思って会社員になりました。

広告営業担当としてみっちり揉まれましたけど、その中でも「アイドル」ということを自分で勝手に武器にしたり、武器にする事で逆に呪縛になってしまったり・・・。

私に期待してくれている方々からも「元アイドルなんでしょ?」と色眼鏡で見られてしまっているのではないかと、勝手に邪推していましたね。そういった私が、感じた全てのモヤモヤを、私と同じ経験をした人に答え合わせしてみたいと思って本を作りました。

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元々芸能の世界に入ったきっかけは?

最初は、父親が早くに亡くなってしまったので、まずは私なりに家計を少しでも支えたいと思い芸能界に入りました。ただ入った事務所が大手だったので最初のうちに「ドラマで主演を目指そう」と言われているうちにどんどん芸能界のエリート街道に乗らないといけないと思い始めました。

主役を取らねばならない、オーディションを勝ち取らなければならない、何に関しても”ねばならない”が最初に来てしまって、それに加えて恋愛は自分を律して禁止していて・・・。

なるほどですね・・・

最初は芸能界というものをわからずに入って、そのうちアイドルになって、アイドルの時は”元女優”という肩書きもあったので、ここで天下を取らないといけない、選抜総選挙というシステム的にセンターを目指さないとは言いにくい状況でした。

そんな中、芸能界をやめる事に未練とかはなかったのですか?

もう25歳になっていたので、芸能界に対する未練は無かったですね。

25歳は女性の転換期だと思っていましたし。名刺の渡し方も知らずビジネスメールの返し方も知らず、スタイリストさんに靴を履かせてもらって、売れてないけどメイクさんがついて、新幹線のチケットを手配してもらって・・・。

ありがたかったけど、なんか痛々しい、、マリーアントワネット、、、じゃないですけど、このままだったらどうなっちゃうのだろうという不安がありました。

自分でビジネスメール送れるようになりたいし、名刺も渡せるようになりたいし、なんなら都会の中心で働く私を演じてみたくて入りました。

入ってみてどうでした?

自分自身の未熟さを痛感しすぎて、悩みました。

営業という仕事に対して、やっぱり自分が”アイドル”という究極の“女性性“を武器にした商売をしていたので妙にクライアント様にぶりっ子を演じている事もありました。

自分の実力に自信がなかったからこそ「私こういうことできます」と言ってしまうこともしばしば。

25歳から社員になったというコンプレックスが大きくて、無理をしていましたね。

普通22、23歳で大学卒業して会社員になると思うのですが、それもできなかったし、元アイドルという特殊な自分というのもあり葛藤もすごくありました。

社内ではよくしてもらいましたけど、社外の人に「元アイドルなんでしょ」と興味本位で言われたこともありました。だから、そのコンプレックスとずっと戦っていましたね。

そんな中、この本を出すきっかけになったのは?

この自分のモヤモヤした気持ちを成仏させたいというのがまず先にあって、前職のニュースサイトで記事を出させていただいて、AKB48グループのみならず風男塾という男装ユニットですとか、元アイドリングの女性起業家さんに取材する中でこれは記事にしたら面白いのでは?と思い始めました。

宝島社さんには知り合いの紹介ですけど、自分で売り込みました。

企画書と、本ができる前提で目次のページを事前に作っていましたね。

さらにキャスティングも並べて、取材した元アイドルの記事のサンプルも用意して、YESかNOの二択で選択していただけるようにして持って行きました。

持ち込み企画だったのですね。驚きました。

一発目でありがたいことに本の企画が通りました。

どうやって、出てくれる方を探せたのですか。

そこに関しては、私が元48グループということもあって、元アイドルの子たちがネットワークで探してくれました。

普通こういうのって大人が入ったり、芸能事務所に入っていたら事務所が間に入ったりが普通だと思います。

だけどLINEで元AKBの初期メンバーが動いてくれて、SDNに入る前のAKBに在籍していたメンバーが本当にただの好意で動いてくれました

「亜希子がそういうことで動くなら協力するよ」って言ってくれて、本当に感謝の気持ちで泣きそうでした。

ステキなつながりですね。

ほぼ個人のつながりで、わらしべ長者みたいに8人、面白いなと思いました。全部自給自足です。大人はあまり介入してないですが、一応関連会社にはAKBの商標登録があるので担当編集者さんと挨拶がてら許可を頂きに行かないといけないと思って。

なんか、緊張する場面ですね。

実は最初は結構、編集者さんに甘えるつもりで、「宝島社さんがいろいろ話してくれるのですよね?」って言ったら、「え? 何を言っているのですか。大木さんが作者なのだから、自分でプレゼンしたほうがいいですよ」と言われて、あっそんな冷たい言い方じゃないけど(笑)

そのまま宝島社のトイレに一人で入って精神的集中をして、トイレの個室で言いたいことを紙に書いて・・・。

なぜ私はこの本を作りたいのか、その意味とかを紙にバーっと書いてご挨拶させていただく時にその紙を見ながら話しました。

それで、話してみてどうなったのですか?

最初は断られると思っていました。

AKBさんの商品を出したい人はいっぱいいるし、ただ、元メンバーだったからこそ言っていることに説得力があったみたいです。

結論は、「ここは母校のようなもの。ネガティブなものやスキャンダラスなことでなければ嬉しい」と言っていただいて・・・。

「アイドルとしてトップになることが全てじゃない。元アイドルだったことをコンプレックスに思っている子もいるかもしれない。だけど、そういう声を集めてくれるのは良いし、大木さんのキャリアになると思うしね」ということで、許可を頂けました。信じてもらえているなと嬉しく思いました。

 

サポートは宝島社さんがしてくださいましたし、現場では会ったことがない方と交渉していたので、「私はSDN48に所属していたものです」から挨拶を始めて・・・。多分グループ合計300~400人いるので、その中に自分がいたってことすら認識されていたかどうかも分からないですね。

取材をしてみて、取材する前とは変化はありましたか?

取材する前と後では大きく心境の変化がありましたね。

どの子も印象深いですけど、NMBの河野早紀ちゃんは広島から上京してきて、NMBに進学校から夢を追う形で入りましたけど、やっぱり選抜システムや競争の中で葛藤があり、考えた結果、自分は裏方の方が輝くと思って卒業。その後関西大学にストレート入学をして就職浪人をしてまでラジオ局に入りたいと思い、結果今入れている。

この話を聞く中で、めちゃくちゃ分かるなと思ったんですよね。なぜかと言うと、10代で選ばれてアイドルになってしまったけれど、本当に自分が表方をやりたいのか裏方をやりたいのかみんな分からないで入っているケースもあるなと思います。

元々自分が表をやりたいアイドルやりたいと思っていても、その考えが変わるというか、見方が変わることもあると思うし・・・。

辛い思いをしたことが彼女にとって、どれだけ大きな経験とかバネになったのかと考えると夜中泣きながら原稿を書き上げている私がいました。彼女の人生が憑依してしまうというか、「気持ち分かる」ってすごい共感しました。

お母さんになった方もいます。

藤本美月ちゃんという保育士になった方なのです。資料の写真だけを見ていて、若々しいアイドルの姿だなと思ったのに、取材先にいざ来た彼女を見たらお腹がふっくらしたお母さんの顔つきになっていて、アイドルって人生の通過点なのだなと思いました。

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